「がんばらなくてもいい」と「がんばれる力」
コロナ禍以降、「無理してがんばらなくてもいい」という考え方が、以前より広く受け入れられるようになったと感じます。
これは決して間違いではありません。私自身も、我が子に対して「今日は休もう」「今は守ろう」と声をかけることがあります。心身を崩してしまっては元も子もない。まず整えることが大切です。
ただ一方で、現実の世界には「ゴールが決まっている場面」もあります。
たとえば高校受験です。
入試は「優しさ」だけでは突破できない仕組みです
高校受験は、点数・内申・判定基準など、一定のルールのもとで結果が決まります。
努力した気持ちや成長の実感があったとしても、当日に必要な点数が届かなければ不合格になる可能性がある。「点数」というある意味血の通っていない基準こそがすべて。そこは、私たち大人が冷静に見ておくべき現実だと思います。
そして、一条高校や郡山高校のような一定以上の人気の高校を目指す場合、やはり「実力」が必要です。
これは根性論ではなく、仕組みの話です。必要な学力に到達するには、一定量の積み上げが欠かせません。
だからこそ必要になる「自分を律する力」
では、その“積み上げ”を支えるものは何か。
私は「自分を律する力」だと考えています。
もちろん、子どもは完璧に自己管理できません。大人でも難しいです。
だからこそ、いきなり強くするのではなく、少しずつ身につけていく必要があります。
そして、この「自分を律する力」を育てることも、塾が担える大切な役割のひとつだと思っています。
たとえば・・・
難しい問題にぶつかったとき、必要なのは学力だけではありません。
「ここで投げない」「もう一度整理して粘る」という姿勢が、最後の伸びを作ります。
諦めない力は精神論ではなく、訓練で育つ“技術”です。
たとえば・・・
子どもたちの生活には、スマホ・ゲーム・眠気など誘惑がたくさんあります。もちろん、休む日があってもいい。
ただ、「それでも10分だけやる」「今日は暗記だけ」など、小さくても“やり切る経験”を重ねた子は、受験期に強いです。
自分をコントロールする感覚が育っているからです。
たとえば・・・
テスト直前で体調を崩したとき。直前期に体調を崩すことは、現実に起こります。
そのとき「全部終わった」と投げてしまうのか、「今日は見直しだけ」「要点整理だけ」と、できる形に作り替えるのか。
後者の子は、多少の不運が来ても“戦い方”を失いません。
2つの道
人の目の前には常に2つの道があります。「しんどい道」と「楽な道」。
毎日、分かれ道があります。
楽な道を選ぶことは悪ではありません。むしろ必要な日もあります。休むことも戦略です。
ただ、人生のどこかでは「しんどい道」を歩く必要が出てきます。
高校受験は、その練習の場として分かりやすく形になっているだけ、とも言えます。
受験の先には・・・
高校受験の話から少し広げると、社会には確実に「しんどい道」を越えてきた人たちがいます。
いずれ、そういう人と競争することもありますし、一緒に仕事をすることもあります。
また、世の中はふりこのように揺れます。
「無理しない」が広がれば、どこかで揺り戻しも起こる。
そのとき、「厳しさをくぐってきた人材」が重宝される時代が来る可能性も十分あります。
逃げることが必要な場面もある。だからこそ塾は“丁寧に厳しく”ありたい
厳しさから逃げるのは簡単です。
そして、逃げた方がいい局面も確かにあります。
ただ、塾が提供すべき厳しさは、心を折るためのものではありません。
力を育てるための「適切な厳しさ」です。
・投げずにもう一回やる
・先延ばしを減らす
・体調や状況に合わせて“できる形”に作り替える
・小さくても続ける
こうした力は、受験だけでなく、その先の人生を支えます。
私たちは、生徒たちに「合格して終わり」ではなく、社会で活躍できる力を身につけてほしいと思っています。
そのために、塾だからこそできる関わり方を、これからも大切にしていきます。
